2016/03/03

大企業に買収されたスタートアップに関する悲劇あるいはおとぎ話

昔々あるところに、技術力の高い複数のエンジニアと、プロダクトと市場を深く理解するファウンダを擁する、将来を期待されたスタートアップがありました。


彼らのプロダクトは、技術的には未熟なところも見受けられました。
ですが、小さいけれども急成長している市場に、最も早く・上手く参入することで、短期間で急成長していました。


ある日、彼らをある巨大企業が買収します。
その巨大企業は、売上規模は非常に大きいものの、そのスタートアップが対象とするセグメントに対応するプロダクトを持っていなかったので、今後伸びると言われていたその市場に素早く参入するというのが狙いでした。


スタートアップのファウンダや従業員たちは、ストックおよびストックオプションの恩恵を受け、何人かは億万長者になりました。

ファウンダの一部は、巨大企業の幹部として登用され、中には別のプロジェクトを担当する人もいました。
また、他の多くのスタートアップのメンバーは、そのまま元のプロダクトを(巨大企業の社員として)担当することになりました。


巨大企業のネームバリューと、資本のバックアップが得られたことで、プロダクトの成長は一層加速するはず ー スタートアップに元々いたメンバーの多くがそれを期待していました。

が、その期待は結果として裏切られることになります。


巨大企業の一部門となったことで、成長中とはいえまだ市場も売上も大きくないプロダクトは、社内のリソースを確保するのが非常に難しくなりました。
同じ予算をかけて機能開発やプロモーション等を行うなら、よりROIが大きなスケーラブルなプロダクトに投資する ー 企業全体を見る立場の経営者にとっては、それが当然の選択だからです。

売上が1,000億円あるプロダクトを1%伸ばしたほうが、売上1億円のプロダクトを100%伸ばすよりもインパクトが大きいのです。


また、期待していた営業パワーも、期待していたほどは得られませんでした。
営業マンにとっても、【頑張って勉強して新しい提案をした結果1案件50万円にしかならない新しいプロダクト】より、【既存顧客のメンテナンスで毎月200万円の売上があがる旧来のプロダクト】のほうを売りたがったのです。

元スタートアップ側のメンバーは、顧客の前に社内営業を行わなくてはなりませんでした。


業務プロセスも、巨大企業のルールに合わせる必要が出てきたため、スピードが遅くなりました。
値下げ等の特別対応を行う際はどんなに金額が小さくても部長稟議が必要だったり、講演やメディア露出の際は厳しい広報チェックを通さないといけなかったり、人事評価のためだけに全ての営業行動のログをとらなければならなかったり、等です。

エンジニア部門でも、これまでのようにほんの僅かなユーザーに対し本番環境でテストを行ったり、細かな仕様をフレキシブルに変更したり、といったことは一切できなくなりました。
コードを書く時間は減り、それに応じて会議や社内資料作成に割く時間が増えていきました。


進歩を止める上で決定的だったのが、巨大企業の既存プロダクトと(元)スタートアップのプロダクトのバックエンドシステムを統合するという一大プロジェクトが始まったことです。
統合が完了すれば、既存プロダクトとのシナジーが生まれ、(元)スタートアップのプロダクトの営業・業務・開発効率が向上し、売上も劇的に伸びるはず ー という目論見でした。

システム統合が終わるまでは当然ながら、(元)スタートアップのプロダクトに対する機能変更・追加は出来ません。
巨大企業にとってみれば売上インパクトがそこまで大きいわけでもないプロジェクトなので、開発リソースは十分に配分されず、統合完了まで予定を半年以上上回る1年半を費やしました。

そうこうしている間に、急成長している市場のニーズは変化し、当時は小さい市場の中で高かったシェアも、後発でコツコツとプロダクトを改善し続けてきた競合に奪われていきます。


また、イノベーションも成長も無くなってしまい、社内の勢力争いしかすることが無くなった【かつての急成長スタートアップ】に、メンバーは魅力を感じなくなっていきます。
社内異動・転職・起業独立など様々な形で、一人また一人とメンバーは抜けていきました。

あとから異動や転職でチームにジョインするのは、かつてのスタートアップの熱気や文化を知らない、プロダクトや市場に対する愛や理解のない、何より高い成長を実現したいという夢を持たない、【有能なサラリーマン】たちです。


こうして、プロダクトの統合が完了する頃には、買収から2年以上がたっていました。

あとには、市場ニーズに合っておらずシェアも奪われた時代遅れのプロダクトと、日々の仕事をこなすことしかしないメンバーが残りました。


そして、スタートアップのバイアウトで経済的に余裕の出来た者たちは、ある者は別の新しいスタートアップの創業メンバーとして、ある者は巨大企業またはその周辺企業の重役として、またある者はエンジェル投資家やヴェンチャーキャピタルのパートナーとして、チャレンジングで楽しい人生を送りましたとさ。

めでたし めでたし


Q

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